富山地方裁判所高岡支部 昭和31年(わ)186号 判決 1958年2月18日
被告人 荒井紋吉
主文
被告人を懲役二月に処する。
但し本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。
本件訴訟費用中、国選弁護人に支給した分の三分の二、並びに証人宮林亮明、同橋本三作、同近藤源二、同中尾建三、同橋本正弥、同関山清、同正力喜之助、同荒谷良平、同三木勘蔵に各支給した分は被告人の負担とする。
本件公訴事実中、弁護士法第七二条本文前段違反の点並びに公文書毀棄教唆の点はいずれも無罪。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は弁護士でないのに、昭和三十一年七月二十四日金沢市上胡桃町三十番地村沢義二郎方において、橋本三作が富山地方裁判所高岡支部に対し、中尾建三を被告として妨害排除請求訴訟(同裁判所昭和三十一年(ワ)第七九号)を提起するに際し、右橋本のため、弁護士である前記村沢義二郎を代理人として周旋し、以て訴訟事件に関して、法律事務の周旋をすることを業としたものである。
(証拠)(略)
(法律の適用)
法律に照すと被告人の判示所為は弁護士法第七二条本文後段、第七七条に該当するが所定刑中懲役刑を選択しその刑期範囲内において被告人を主文掲記の刑に処し、なお被告人の年令、本件犯情等の情状により刑法第二五条第一項を適用して本裁判確定の日から四年間右刑の執行を猶予し、訴訟費用については刑事訴訟法第一八一条第一項本文に則り、主文第三項掲記の分のみ被告人に負担せしめることとする。
次に本件公訴事実中
被告人は
(一) 弁護士でないのに報酬を得る目的で、昭和三十一年七月四日高岡市源平町橋本三作方において、右橋本が執行吏片桐恂平代理宮林亮明に対し、仮処分決定の執行を委任するに際り、これが手続を為し以て法律事務を取扱い(昭和三十一年十二月七日付起訴状第一の事実で、後に第十回公判期日において訴因変更したもの、なお罰条は弁護士法第七七条、第七二条本文前段)
(二) 昭和三十一年七月四日高岡市源平町橋本三作方において、同人に対し、「仮処分の公示を壊はして建前をやれ、後は俺が引受ける」旨申向けて同人を教唆し、因て同月七日同人をして同所六十二番の三中尾建三方において、富山地方裁判所々嘱執行吏片桐恂平が高岡簡易裁判所昭和三十一年(ト)第四三号仮処分決定正本に基き同所にある住宅東南側中間の柱に釘付にしてあつた「被申請人(橋本三作)は高岡市源平町六十二番地の三地上に建在する同所家屋番号同所四五番の二木造瓦葺二階建居宅一棟建坪八坪外二階八坪の建物を損壊するような一切の行為をしてはならない」旨記載せる縦一尺横五寸位の公示板を取外して西北隅に捨てたる上同建物の東南側の一部を損壊するに至らしめ
以て公務所の用に供する文書を無効ならしめて毀棄し(前記起訴状第二の事実で、後に昭和三十二年十月十四日付訴因変更申立書により訴因罰条を変更したもの)
(三) 弁護士でないのに、昭和二十八年十月上旬頃、金沢市上胡桃町三十番地村沢義二郎方において木下次三郎から近藤源二に対し提起された富山地方裁判所高岡支部昭和二十八年(ワ)第一七二号動産引渡損害賠償請求事件につき、右近藤のため弁護士である前記村沢を代理人として周旋し、以て業として法律事件の周旋をなし(昭和三十二年十月十四日付起訴状第一の事実)
たものである
との各事実につき案ずるに、
先ず右(一)の事実について、弁護士法第七二条にいう「報酬」とは、具体的な法律事件に関して、法律智識により、鑑定、代理、仲裁若しくは和解等法律事務取扱のための、主として精神的労働に対する対価であつて、職業安定法第五条第三項に定義するがごとき「有料」という概念よりは狭く、また同条に規定するがごとき「実費」は、右報酬の中には含まれないものと解するところ、本件において、被告人が橋本三作より受領した金五千円が、果して単なる実費のみであるのか、あるいはそれ以上の報酬を含むものであるかという点において、証拠上これを明確にし難く、また被告人に報酬を得る目的があつたか否かという点においても、その証明充分とは云い難い。
のみならず領置にかかる仮処分執行記録(証第二号)中の執行委任書によれば、執行委任者は、「申請人橋本三作、右代理人弁護士南慎一郎」となつているのである。従つて被告人の行為は、橋本三作の代理人として執行委任をなしたというよりもむしろ弁護士南慎一郎の使者として執行吏代理宮林亮明を呼んで来たという色彩の方が濃厚であるといわなければならない。よつて被告人の右(一)の起訴事実は、罪にならないか、若しくは犯罪の証明なきものとして、刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をなすこととする。
次に右(二)の事実について、証人宮林亮明、同橋本三作、同中尾建三の第二回公判調書中における各供述調書、証人青木新一の第六回公判調書中における供述記載並びに当裁判所の検証調書を綜合すれば、前記公示板は、橋本三作または青木新一において壊したものでもなく、また捨てたものでもなく、単に若干その場所を移動させたに過ぎないこと、そしてその移動させた範囲は僅かに一米に満たないものであることが認められる。このように橋本三作方建物を建築するに必要な範囲において、しかもその公示札の効用を殆んど損ぜしめない程度において、移動せしめることまで、法はこれを禁止しているものとは到底考えられない。即ち、右程度の移動は、刑法第二五八条に規定する毀棄の概念には含まれないものと解するのが相当である。のみならず右公示札は、元々橋本三作方敷地内にあつた同人所有の柱に釘付けされていたものであり、その柱はその前になされた同人方建物取壊しの際に取り除くべきものであつたが、隣家である中尾方建物の雨もり等のため建前をするまで道義上取り除かなかつたものであり、しかも右橋本等の行為は右公示札に記載する仮処分の内容に何ら触れるものではなく、却つて領置にかかる仮処分執行記録(証第一号)中の仮処分執行調書によれば、中尾方建物は、当時既に右柱が宙に浮いていたためやゝ傾斜していたような状態であつたのであるから、橋本が建物を建築することにより、結果的に見れば、右中尾方建物の損壊を幾分防いだことになるという状況にあることが認められるので、右橋本等に公文書毀棄の罪責を負わせることは一層酷であるといわなければならない。よつて正犯たる橋本三作の行為が罪にならない以上、これを教唆したとする被告人についても同じく罪とならないことが明白であるから、この点についても刑事訴訟法第三三六条により無罪の言渡をなすこととする。
最後に前記(三)の事実について、これを立証すべき証拠として、検察官より、近藤源二の検察官に対する昭和三十二年八月二十二日付供述調書を提出したのであるが、これを以てしては、未だ被告人が前記のごとく周旋したという事実を認めるのに充分でないばかりでなく、被告人の第十三回公判期日における供述によれば被告人はただ、山本、南両弁護士の使者として前記村沢弁護士方に依頼に行つた事実がうかがわれるので、結局被告人の所為は、罪とならないか、若しくは犯罪の証明がないことになり、無罪の言渡をなすべきところ右は、前記判示所為の包括一罪の一部であるから、特に主文において無罪の言渡はしない。
なお附言するに、弁護士法第七二条において、非弁護士の法律事件周旋を業とすることを禁止している所以のものは、周旋業者が、弁護士を利用して不当に利得することを避けると共に、基本的人権を擁護し、社会正義の実現を使命とする弁護士の品位が害せられないようにするためであると解する。ところで今本件について見るに、被告人は相当長期にわたり法律事務の取扱をしていた形跡も見られ、特に橋本、中尾間の紛争においては最初中尾方について種々法律的援助をなし、後には橋本方について法律的助言を与えている等、弁護士法第二十五条において厳に禁止されているような事項を平気で行つており、これがひいては事件を益々複雑化させ、当事者に余分な負担をかける結果となつているのであつて、この点情状として決して芳しいものとは云えない。よつてこれ等の事情をも斟酌して前記のごとく所定刑中懲役刑を選択し、また執行猶予の期間については、刑期に比してやや長期ではあるが、四年間ということにしたのである。
よつて主文のとおり判決する。
(裁判官 日野原昌)